poetry



太った聖者(2007)


たくさんの夜を踏み

救いあげるべきなにを探してゐた

黒い点のあつまりとかさなりをよけ

旧国道のしずまりを歩く


なにかに奪われたくて

なにかを奪いたくて

やはらかいカーヴに乗つて

手のひらが足もとへ落ちる

たやすい慰みが欲しくて

小さな秋めがけて


求めるものはあつても

信じるものはなく

閉じた門口に立つては

だれもいない庭にベールの女を見ようとした

こころのうちでかの女をひどく犯しながら


救いあげるべきなにをぼくは見つけられない

駅の裏道をたぐり寄せて

ひとりだれかを欲したが

降りてきたのはとても太つた聖者で

薄暗い笑みのなかで手のひらを差しだした

なにももつてゐないぼくは

かれの過ぎるのをぢつと待つてゐた


これだけをぼくは願う

木のようなひと

あるいは人のような木が見たいと



ぼくは小説家になろうかとおもった。(2011)


夜遅く

窓づたいにネオンがやってくる

とてもいやらしい色をして

ぼくの蒲団をめくる

女のいないやつは

人間でないものに

女を見いだすしかない

ぼくは七色に羽撃く鳥のつばさに

ぼくの魂しいをあづけた


翌朝

だれもいない裏通り

だれかのげろを鳥が啄んでいて

裏町の物語

その仕組について

鳥語で明かしていた

ぼくはかげという通訳をつかい

おぼろげながら意味をとる

虚無の殺されたあたりを

ゆっくりと歩き

ぼくは小説家になろうかとおもった

灯りがついていたって人間の室とはかぎらない。


乾燥したところにおいてください(2012)


少年期

学校の窓際、

それでもうすくらいところで坐ってた

その午后

みんなが作文を読まされてた

いつも口のうまいかれらもちょいとこまり気味

いつも気どってるいぢめっこたちも

一人称にはぼくを使った


みんなにはそれがあたりまえで、

おかしくはなかったのに

いつも喋れないこっらははぢらいを憶え

わたしは、──

といいだしたそのとき

みんな笑いだした

長ったらしい笑いだった

腕をふりあげてみんなとおれを先生は叱りつけ

それははじめて識った、

虚構の側溝


幾年かが去って、

地獄をも闊歩してる猫たちがこのかおをひっかいたころ、

おれはもう

ぼくを畏れなくなってた

どこででもそれが使えるようになってた


作文の翌々日、

車庫の青いうしろっかわで

いっぽんのびわの木が伐りたおされてた

ぼくはそいつが好きだったのにおやじはなにも告げなかった

いっぽんの歴史を喪ったのである

それははじめて識った、

事実の果実


清掃人(2013)


少なくとも

かつてあったものはそのかげを残してるだけだ

ものはみな失せ

手づくりの神殿のなかへと

そしてそいつは清掃車が運び去ってしまった

ありもしない裏通り

架空のカウンターで愛しいひとたちがいなくなっていく

それはまちがいなくみずから撰んだ札だった

急ぎ走りでとめることもできない速さをもって

おれは自身をおきざりにしたんだ

そいつのあまりの惨めさで

手に入れられるのは中古るのやすらぎ

せいぜいのところオープン席三十分のそれ

欲しいとおもったものはそれぞれ納屋の仕方で燃え

ゆっくりと遠ざかる景色

田舎の国道で

天使どもがはげしいおもづらでおれをどやしつけ

中古車センターだけが輝かしい

路上に擦り切れ

かぜになぶられた

このおれが手にできるのはテニスンの短篇ですらない

けっきょくは別離

自身を運び去っていく清掃人のような

ありかただけ


二宮神社(2014)


けれども枯れた木立ちはなにものも慰めはしないだろう

ただ諒解もなしにぼくのうちに列んでるだけだ

夏の盛りをまっすぐにゆく路

むなしさは消えない

対話もなく

寂寥のうちを通り過ぎてったひとたちよ

透き通った茎みたいにその断面は涼しい

ちょうど終の出会い顔みせて

ぼくは手水を唇ちにする

けれども朝になってしまえばすべては失せ

みえなくなったぼくがしたたかにかぜの殴打を受けるだろう

どうぞご勝手に、だ。


聴雨(2015)


たかい放水も喪われ

虹のない十月は秋の日よ

いまだ陽の光りのみが鋭くかかって

ひとのおもざしをちがうものにさせていく

あまたの流れのうちにきれぎれになりながら

おれは両の手を隠しに入れて

決してだれにも差しのべはしない

それが信仰をもたないおれの信じてるやりかただ

荒れ地はここにない

エリオットは死んだんだ

一月の初めに

おれは夜半まで待って新神戸駅へと赴く

生田川の上流を長距離バスの発着場から眺めて気づく

秋は事実ここから始まってるんだって

終わりの季節とその磁場

もうこんな気分は懲りごりだ

過古の登場人物をつれあいに生きるのも

もはやだれとも諒解し獲ないだろう

距離をちぢめることもないだろう

──やめておけ!

ハンクは死んだ、

三月の初めに

おれはなぜかしら生きてて

夜の発着場を歩いてる

ああ雨が降ってきた

フラワーロードを

下手からきたダンプ・カァが砂利とともに走ってきた

そして過ぎ去り、おれは雨を聴く

果たしてもういちど会えるだろうかとおもう

懐かしいひとびとにだ

せめて格子越しでも

いいから


no tittle 無題(2016)


かぞきれない、

高架下で眠るルンペンたち

失踪人たち

密入国者、

あるいは逃亡犯

だれもわれわれのために祈りを捧げはしない

わたしはだれの友人?

きみはかれの友人?

ずっと西部の町で氷点下を記録した一月、

荒れ野の渡りものは南へ

ずいぶんまえに忘れたはずのものを夢のなかに再現する

それはとても滑稽であり、あるいはやさしいまぼろしだった

わたしはわたしの内なる友人たちへ手紙を書く

停留所で、避難所で、留置場で、

どやで、サービスエリアで、

発着場で、待合で、

映画館の坐席で、

マーケットで、

飯場で、

かれらはわたしの友人

わたしはきみの友人

世界の果ての駅舎にて毎朝悲鳴が鳴りひびくころ

男たちの内部をいっせいに青い鳥が飛ぶ




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