からっぽの札入れとからっぽのおしゃべり(2014)

 雑役仕事と金が尽きて、もうしばらくになる。おかしなもので足りないときほどしたくなるものだ。創作や自涜、どちらも空想と実感を一致させてゆくという点でよく似ている。台所には甘味料、香辛料、油、肉などなし。あるのはしなびた野菜のいくつかと、わずかな麺類。そしてとうとうあいてしまった靴の孔──そこへ公園のベンチがこちらに近寄ってくる。

 おかしなものであまっているときはこういった苦痛について、おそろしく鈍感で、まえにも遭った、経験済みの苦痛をまたしてもやらかしてしまう。反復また反復、おそらく精神医学じゃあとっく名札のついた動きなのだろうが、こちらとしてはどうにもならない。それを知ったところで日雇い事務所から電話がかかってくるだとか、自作の絵葉書が売れるわけでも詩が売れるわけでもなかった。

それもやがてはいまはむかし。遠近法にしたがって痛みは小さくなり、ちがった現在がふくれあがってゆく。そのひびきを待ちながら、わたしはこれを書く。

 なにものかになろうとするものの、魂しいの餓えは、現在のじぶんと自己実現を達したじぶんとのあいだに接点を見つけられないことによるものだ。それはつまり、おのれの生涯をあまりに連続したもの、巻物のようなものをたどっていっている、あるいは展げられていくように捉えてしまい、つねに現実でも夢想のなかでも「劇的」なるものを見逃してしまっているからではないだろうか。

 だからこそ書かれる作品もおのずとそれにしたがって、巻物のようなものになる。たとえば実現実の描写に終始してしまうことや、風景を喪った観念と情報の記述にかたまってしまう。こんなことをいうのもわけがある。わたし自身がつねに過古に囚われ、それを連続したものとして捉えていたために不足──なにも為せなかった年月と余剰──した慾望とにふりまわされ、飲酒癖に落ちこみ、可能性を狭めていたからである。さらに痛苦や屈辱の復讐を記号的体験のなかで晴らそうと躍起になっていたからだ。

 ほんとうに「人のサイクルは、いくつかの劇的エポックを核として生まれかわってゆく、不連続の複数の人生の集積である(寺山修司「アメリカ地獄めぐり」1971)」ならば、かつて教室で味わった疎外も、社会での孤立も飯場や病院や旅役者などを介した放浪も、すべてはまたべつの人生たちである。「去りゆく一切」がほんとうに「比喩」であるなら、過古という他国には今後いっさい、渡航しなければよいのだ。それをわたしは反省という名札にすりかえて密航したうえ、おのれを苛み、他人をうらんできてしまっていた。だから森忠明の指摘するように書くものにもおこないにも品性が失われたのである。──話しをすこし戻そう、「だから書かれる作品もおのずとしたがって巻物のようなものになる。たとえば実現実の描写に終始してしまうことや、風景を喪った観念と情報の記述にかたまってしまう」。 

 インターネット上の詩人きどりの作品と、詩誌における詩人きどりの作品を比較してみるとよくわかるかも知れない。前者の多くは、過古と心情という情報によって書かれ、後者は観念と知識という情報によって書かれているようにわたしにはみえる。かれらはおもうに孤立した密告者たちの横一列の集まりだ。だがそのネタを引き受けるものはほとんどいないのだ。そのなかでやってる、小さな旗振り合戦ときたら、なんとむなしいことか。

 生前吉本隆明の発言でたったひとつうなづけるのは「最近の詩人の作品には風景がない」ということばだ。しかし最近とはいわず、ここ数十年はそれでまわしているようなさわりがある。

青森県六ヶ所村について歌いあげる長谷川龍生もアメリカ人夫妻と夕食をともにしたという中上哲夫も、完全にあちらがわをいってる吉増剛造にしろ、ブログで充足ぶりを語ってる城戸朱理にしたってあるのは密告だけだ。

 おなじように若いやつらも、久谷(「ほのかに明るくなるほかに」はわるくはないとおもう)、最果、文月、三角──あとは知らない──と密告者ぞろいだ。かれらはそろってあたまがよすぎる。なにもかれら個人のことをわたしはいっているのではない。

 かれらのものをみるにつけ、文章技法に問題がないということのほかに誉めようがないし、憶えてもいられず、ましてや強く揺さぶりを起したり、ひっぱたいたり、撲りつけてもこなければ、なにものかを焚きつけもせず、やさしくささやいてもくれない。糞づまってるんだ。つまることは。

 おなじことは政治についても社会問題についてもいえる。ひとの見える場所で鼻をほじってるわたしにもひどく露骨に映る。なににおいてもつねに必要なのは想像力だ。しかしそれにしろ、喰わしていくのは容易ではないから、大多数のひとびとは想像力を他人に預けることで日日のわずらわしさをすこしばかり、小銭ほどにやわらげているが、その結果がどこに向かうかについてとても無関心におもえる。べつにだれかをばかにしようってわけではない。じぶんだってそのなかのひとりに過ぎないという話しだ。

 そのいっぽうで現実はつねに現実だ。世を忍ぶ仮の──などいうものはない。あたらしい仕事をまわしてもらえないのも、いまポケットに数円しかないのも、作品が売れないのも、世間では底辺にいることも見過ごしてはならない。わたしの現実だからだ。現実にばかり縛られるのは苦痛を伴う。しかし夢想や観念のうちにいれば、いずれはそれに踏みつけにされるだけにほかならない。

 すれちがう他人、遠ざかる風景、近づいてくる物体、それらをも含めて現実は、そこに生きる人物は構成されている。だから詩のなかでは本来「他人事」などあってはならない。すべてがじぶんをつくりあげているとおもいこむに至らなければ、ほんとうに詩情することはできないだろう。

 どこぞのだれかが書いていたが、その通り、わたしはふるい型の書き手である。いまだにポストモダンなるものがわからないうえに、読む本のほとんども四〇年はふるい。しかしわたしの狙いは時代遅れでいるということではなく、均一なるものに抗いたいということだ。インテリ諸君にいいたいのは、だれもがポストモダン以後を生きているわけではないということである。そんなものは一部の階層のやつらにしか通用しない。きみたちはみずからの内的思想地図とそとから吸った体系をあちらこちらでひりだしているだけだ。塵紙すら使わないまんまでだ。わたしは正直くそを喰わされるのはもうたくさんである。

 ますます狭まる世界観、情が失せて詩だけが残った塵塚、そのなかにいて現れて来る、あたらしい詩人はどんなやろうだろう。

 少なくともジョン・ウィリアム・コリントンの、「ある意味で、詩は芸術のなかでも野蛮さを持ち合わせた存在でありつづけるだろう。──いや、そうあるべきだ。感動を与えず、美的センスもない詩は、もはや詩とはいえない('Charles Bukowski and the Savage Surfaces' in Northwest Review, 1963)」ということばに適ったやつを望む。ついでに映像を喚起しない、五感を刺激しない詩というのもごめんだ。 

余剰と不足が悪であれば、詩はますますたちのわるいごみくずで、悪臭を放ちつづけるだろう。詩人そのひとが、まがいものか、ほんものかの区別をつけるのはだれなのだろうか。それはいまのところ詩人本人以外にはいない。 

 わたしはなりたいものだ。死んだ詩人のなかで最高の部類に、──息をしたままで。実のところ、ふるくさい書き手といわれるのがことのほかよろこばしい。最新のぴかぴかしたものは苦手で、居心地がわるいから。 

   カレンダーが

   ひびわれの壁で

   笑いながらぼくを見る

   はがしてしまえばどんなに楽なことか──モップス「夕暮れ」1972

 時間と日日は間断なく、わたしを含めひとびとを嘲弄しつづけるだろう。そのおもざしにむかってどれだけの裏切りをやりとおし、既存とはちがう、わたし自身の時間軸によって生き、創作するのかが現在の課題である。情熱と方針のしっかりもつことだ。しっかりと。あとは運をつけること。──そろそろこいつを冷ましに冷蔵庫をあけるとしよう。あともうすこしはたえられるはずだから。